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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)3677号 判決 1999年3月24日

本訴原告兼反訴被告(以下「原告」という。) A野太郎

右訴訟代理人弁護士 亀井正貴

同 秀平吉朗

右訴訟復代理人弁護士 髙木陽一

本訴被告兼反訴原告(以下「被告」という。) オリックス株式会社

右代表者代表取締役 宮内義彦

右訴訟代理人弁護士 林彰久

同 稲田龍示

主文

一  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  原告は、被告に対し、金八三三五万九〇九二円並びに内金八〇二八万〇〇六六円に対する平成四年八月四日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員及び内金三〇七万九〇二六円に対する平成一〇年一一月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて原告の負担とする。

四  この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求

1  被告は、原告に対し、金一億二三〇〇万三九八一円及びこれに対する平成八年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原・被告間の平成元年九月二六日の消費貸借契約に基づく原告の被告に対する金八〇二八万〇〇六六円の借入金債務が存在しないことを確認する。

二  反訴請求

主文二項同旨

第二事案の概要

一  本訴事件は、被告の勧誘により不動産小口化投資商品に投資した原告が、被告の説明義務違反等により損害を被ったとして、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、出資金等合計一億二三〇〇万三九八一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年四月二四日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原・被告間の平成元年九月二六日の消費貸借契約が錯誤により無効であるとして、右消費貸借契約に基づく八〇二八万〇〇六六円の借入金債務が存在しないことの確認を求めた事案であり、反訴事件は、被告が、原告に対し、右消費貸借契約に基づき、八〇二八万〇〇六六円及びこれに対する期限の利益喪失の日の後である平成四年八月四日から支払済みまで約定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原・被告間で締結された債務承認契約に基づき、三〇七万九〇二六円及びこれに対する弁済期限後の日である平成一〇年一一月一日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  基礎となる事実(証拠を付さない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、昭和三一年四月二三日生まれの男性で、自ら歯科診療所を開業する歯科医師である(《証拠省略》)。

2  被告は、「一八五 DEVON ASSOCIATES LIMITED PARTNERSHIP」(以下「本件パートナーシップ」という。)への投資を内容とする不動産小口化投資商品(以下「本件投資商品」という。)を開発し、顧客を募集した。

3  本件投資商品の内容(《証拠省略》)

(一) 本件パートナーシップは、米国マサチューセッツ州ボストン市デヴォンシャー・ストリート一八五番地に所在する一九一五年に建築されたビル(以下「本件ビル」という。)及びその敷地(以下、合わせて「本件物件」という。)を購入し、これを賃貸して賃料収入を得るとともに、一定期間経過後に本件物件を売却して売却益を得ることを目的に設立されたものである。

(二) 本件パートナーシップは、無限責任を負担し業務執行を行うジェネラル・パートナー(被告の米国子会社であるオリックスUSAコーポレーション(以下「オリックスUSA」という)が全額出資したOXGPデヴォンシャー・コープが就任。)と、有限責任を負担するリミテッド・パートナーとで構成される。

本件パートナーシップへの出資額は、ジェネラル・パートナーが二二万七九〇〇米国ドル(以下、単に「ドル」という。)、リミテッド・パートナーが合計二二五六万二一〇〇ドル(一口二〇五万一一〇〇ドル、全一一口)の合計二二七九万ドルである。

(三) 被告は、リミテッド・パートナー持分に一口出資するとともに、残りの一〇口を本件投資商品として日本人投資家に対して募集する。

(四) 被告を除く各リミテッド・パートナーは、一口二〇五万一一〇〇ドルの出資金のうち、五二万七一六五ドルを自己資金で、五四万五四五五ドルを被告からの借入金でそれぞれ出資するが、残りの九七万八四八〇ドルについては、本件パートナーシップがオリックスUSAから円建てで借り入れる総額一〇八七万二〇〇〇ドルに相当する円貨のうち、九七万八四八〇ドル相当円を限度に債務承認し、本件パートナーシップが右借入金を返済できなかったときに右債務承認額を限度として支払義務を負担する。

(五) 本件投資商品の利点

(1) 課税の繰り延べができること

本件パートナーシップは、日本の税法上、任意組合と同様の扱いを受けるため、リミテッド・パートナーは、本件パートナーシップの持分に応じて、本件物件に関する減価償却等の損益を直接取り込むことができる。

そして、①米国では土地よりも建物の価格の方が高いことが一般的であるため建物の減価償却を多く取り込むことができ、②本件ビルは一九一五年に建築された建物であるため、簡便法により九年の償却期間で減価償却できることから、九年間で高額の減価償却費を損金に算入でき、課税繰り延べの効果を享受することができる。

(2) 賃料収入による配当を得る可能性があること

リミテッド・パートナーは、本件物件の賃料が諸経費を上回った場合、配当金を受けることができる。

(3) 一定期間経過後に本件物件の売却益を得る可能性があること

リミテッド・パートナーは、将来、本件物件の売却によって売却益が出た場合、その配当を受けることができる。

(六) 本件投資商品の危険性

(1) 為替リスク

リミテッド・パートナーは、本件投資商品について円建てで投資するため、為替変動によるリスクを被る危険性がある。

(2) 不動産市況によるリスク

米国の不動産市況の悪化により、期待どおりの賃料収入や売却益を得られない危険性がある。

(3) 持分譲渡の制限

本件パートナーシップの持分は、譲渡が制限されている。

(4) 税制変更の危険性

将来、日本又は米国の税制に変更があった場合、その影響を受ける危険性がある。

4  原告は、平成元年九月、被告の勧誘に応じ、本件投資商品に投資することとし(以下「本件投資」という。)、3(四)の出資方法に基づき、被告との間で、次のような消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)及び債務承認契約(以下「本件債務承認契約」という。)を締結した。

(一) 本件消費貸借契約

(1) 貸主 被告

(2) 借主 原告

(3) 目的 本件投資の投資資金に充当するため

(4) 貸付金額 八〇二八万〇〇六六円

(5) 弁済期限 平成一一年一〇月三一日

(6) 利息 年七パーセント(月利計算。ただし、借入日から第一回弁済日までは日割計算)

(7) 利息支払方法

第一回(平成二年一月三一日) 一九七万〇七一〇円

第二回から第四〇回まで 同年四月三〇日以降三か月毎の各月末日限り各一四〇万四九〇一円

(8) 遅延損害金 年一四・六パーセントの割合

(9) 特約 原告は、利息金の支払を一回でも遅延したときは、当然に期限の利益を失い、直ちに残債務全額を弁済する。

(二) 本件債務承認契約

(1) 原告は、被告に対し、オリックスUSAが後記(3)の消費貸借契約(以下「組合ローン」という。)によって被る損害が被告に帰属することを承認し、右損害を担保するため、本件パートナーシップがオリックスUSAに対して負担する組合ローンの一〇〇分の九に相当する額を限度に債務承認する。

(2) 原告は、本件パートナーシップが組合ローンについて債務不履行をしたとき又は期限の利益を喪失したときは、被告に対し、その請求により、組合ローンの一〇〇分の九に相当する額を支払う。

(3) 組合ローンの内容

① 貸主 オリックスUSA

② 借主 本件パートナーシップ

③ 契約日 平成元年七月一八日

④ 貸付金額 一五億二一五三万六四〇〇円

5  その後、本件物件による賃料収入は、当初の期待ほどには伸びず、原告に対する配当は、平成三年一〇月一八日を最後に途絶えた。

6  原告は、被告に対し、本件消費貸借契約に基づく利息金のうち、平成四年七月三一日(第一一回)支払分を支払わなかったため、同日の経過により、期限の利益を喪失した。

7  原告は、被告に対し、右期限の利益喪失後、一五〇万円を支払ったので、被告は、これを平成四年七月三一日支払分の利息金一四〇万四九〇一円及び同年八月一日から同月三日までの間の遅延損害金九万六三三六円の一部に充当した。

8  本件パートナーシップは、平成一〇年七月二三日、シティーセンター・インヴェスターズ・リミテッド・パートナーシップに対し、本件物件を一三四〇万ドルで売却した(《証拠省略》)。

9  本件パートナーシップは、オリックスUSAに対し、組合ローンの弁済として合計一四億八七三二万五〇〇〇円を弁済したが、残額の三四二一万一四〇〇円の弁済を怠った(《証拠省略》)。

そこで、被告は、平成一〇年九月一六日ころ、原告に対し、本件債務承認契約に基づき、同年一〇月三一日限り、三四二一万一四〇〇円の一〇〇分の九である三〇七万九〇二六円を支払うよう請求した。

三  争点

1  被告による勧誘行為自体の違法性(適合性の原則違反)の有無

2  被告の説明義務・情報提供義務違反の有無

3  被告の調査義務違反の有無

4  原告における損害の発生の有無及びその金額

5  本件消費貸借契約及び本件債務承認契約における原告の錯誤の有無

四  争点に関する原告の主張

1  争点1(勧誘自体の違法性の有無)について

本件投資商品が、①不動産小口化投資という目新しく周知されていない商品で、その仕組みも複雑難解であること、②投資対象の選定、管理、運営等が全て米国の業者を通じて行われること、③本件投資商品の利点や危険性等を理解するためには米国の社会経済情勢を的確に把握・分析する能力が要求されることに鑑みれば、本件投資商品は、豊富な投資経験や専門的知識を有する機関投資家にしか勧誘してはならず、一般投資家に対して本件投資商品を勧誘することは、適合性の原則に反し違法であるというべきである。

しかるに、被告は、同種商品への投資経験も専門的知識もない原告に対して本件投資商品を勧誘し、原告に損害を被らせたのであるから、原告の右損害を賠償すべき責任がある。

2  争点2(説明義務・情報提供義務違反の有無)について

(一) 本件投資商品が、右のようなものである以上、被告は、原告に対し、様々なケースを想定したシミュレーションを示し、どのような場合にどの程度の損益が生じるかについて具体的な数値を示して説明するとともに、本件物件の過去の入居率や将来の処分価格予測等についての具体的な情報を提供する義務を負っていたというべきである。

(二) ところが、被告は、原告に対し、単にパンフレットを示した表層的な説明をしただけで、損失が生じた場合を想定したシミュレーションや過去の入居率等の推移、将来の処分価格の予測等の具体的な説明をしなかったばかりか、次のとおり、様々な虚偽の説明をした。

(1) 本件投資当時の実情

米国のテナント入居率や賃料額は、平成元年当時、減少傾向にあり、本件物件についても、入居率は六七パーセントしかないうえ、売主は、新規賃借人に対し、家賃を一〇か月分免除したり、更新に際しては家賃を五か月分免除していた。

また、本件ビルは、管理・修繕費、一般営業費、米国税、借入金の利息等の支払のため多額の費用が必要なうえ、一九一五年新築の老朽建物であったため、一〇年後に売却によって利得できる見込みはなかった(事実、本件物件は、購入後三年ほどで、二〇八〇万ドルから七三〇万ドルまで評価額が急落した)。

(2) ところが、被告の従業員である壇上鎮宏(以下「壇上」という。)は、原告に対し、「テナント収入による配当があるので、最初の二、三年は自己資金に関する持ち出しの負担だけです。家賃はその後どんどん上がっていくので、配当も増えて、二、三年したら持ち出しはなくなります。大幅に減収になったとしても家賃保証があるから大丈夫です。米国では、土地の価値は事実上ないに等しく、インカムの能力に比例する。収益還元法で決まる。家賃と物価の上昇に比例してインカムが上がるので、収益率も上がる。物価が下がることはないので、資産価値も上がる。一〇年後には投資金額よりも高く売れる。円高以上に資産価値は上昇しますよ。」などと虚偽の説明をした。

3  争点3(調査義務違反の有無)について

被告は、一口二〇五万一一〇〇ドルという高額な投資商品を開発して顧客を勧誘する以上、本件物件が投資対象としての適格性を備えているかについて詳細に調査する義務を負っていたというべきである。

しかるに、被告は、右調査義務を尽くさずに安易に本件物件を投資対象に選定した。

4  争点4(損害の発生の有無及びその金額)について

原告は、被告の1ないし3の各不法行為により、次のとおり、損害を被った。

(一) 自己資金による出資金 七七五九万二一四五円

(二) (一)を調達するため三和銀行から七九〇〇万円を借り受けた際に支出した収入印紙代、抵当権設定費用など 二三三万二八〇一円

(三) (二)の借入金に対する支払利息 二七五九万一五七六円

(四) 本件契約についての申込金等の手続諸費用 二〇六万〇〇〇〇円

(五) 被告から借り入れた八〇二八万〇〇六六円に対する支払利息 一四六一万四八一九円

(六) 米国で支払を余儀なくされた税金 一一二万〇六三八円

(七) 弁護士費用 七〇〇万〇〇〇〇円

(八) 原告が受領した配当金 九三〇万七九九八円

(九) 損害額の合計((一)+(二)+(三)+(四)+(五)+(六)+(七)-(八)) 一億二三〇〇万三九八一円

5  争点5(本件消費貸借契約及び本件債務承認契約についての原告の錯誤の有無)について

本件消費貸借契約及び本件債務承認契約は、いずれも本件投資と密接不可分の契約であるところ、壇上は、原告に対して本件投資を勧誘する際、次のとおり虚偽の説明を行い、原告をしてその旨誤信させたものであるから、原告が本件消費貸借契約及び本件債務承認契約を締結した意思表示は錯誤により無効であり、原告は、被告に対し、右各契約に基づいて借入金等を支払うべき義務はないというべきである。

(一) 賃料収入に関する錯誤

壇上は、原告に対し、真実は本件物件から被告の予測するとおりの賃料収入が得られる見込みがなかったのに、前記のとおり、本件物件から被告からの借入金の利息相当額を確保できるほどの賃料収入による配当を継続して得られるという虚偽の説明を行い、原告をしてその旨誤信させた。

(二) 本件物件の一〇年後の売却利益に関する錯誤

本件ビルが一九一五年に建築された老朽化したビルであったことからすれば、本件物件を売却しても被告が予測するとおりのキャピタルゲインが得られる見込などなかったにも関わらず、壇上が、原告に対し、前記のとおり、キャピタルゲインが得られるという虚偽の説明を行い、原告をしてその旨誤信させた。

(三) 為替リスクに関する錯誤

壇上は、原告に対し、真実は組合ローンが円建てであったにも関わらず、ドル建てなので為替の影響は受けないという虚偽の説明を行い、原告をしてその旨誤信させた。

五  争点に関する被告の主張

1  争点1(被告による勧誘自体の違法性の有無)について

(一) 本件投資商品は、単なる不動産投資であって、決して複雑難解なものではない。

(二) 原告は、歯科医師として年間約八〇〇〇万円の事業収入を得ていたほか、本件投資の前後に、資産形成やいわゆる節税のため、総額約一〇億円もの不動産投資を行ってきた不動産投資家であり、本件投資商品の危険性を十分理解できる知識、能力を備えていた。

2  争点2(説明義務・情報提供義務違反の有無)について

(一) 不動産投資を勧誘しようとする者は、その顧客に対し、当該不動産の現状や属性についての情報や当該不動産の価額に影響のある重要な情報を開示しなければならないが、被告は、原告に対し、本件物件についての情報を詳細に記載した資料(甲第一号証(以下「本件パンフレット」という。)、乙第一号証など)を交付するとともに、その内容について十分説明をしており、説明義務を尽くしている。

(二) 原告は、様々なケースを想定したシミュレーションを立てて具体的な損益の発生可能性について説明するとともに、本件物件の将来の入居率や処分価格等についての情報を具体的に提供すべき義務がある旨主張するが、将来のことを正確に予測することは不可能であり、当時入手可能な情報に基づいて将来の予測(見込み)を立て、それが「見込み」であることを示して情報を提供すれば足りるというべきである。

そして、被告は、後記のとおり、様々な情報をもとに将来の収支予測を立て、原告に対し、これが予測であって将来の収益を保証するものではないことを十分説明した上で情報を提供したのであるから、結局、右説明義務を尽くしている。

(三) 原告は、壇上が様々な虚偽の説明をした旨主張するが、そのような事実はない。

3  争点3(調査義務違反の有無)について

被告は、本件投資商品の開発に際し、①米国のインテグレーテッド・リソーシズ社(以下「IRI社」という。)のキャッシュフロー予測、②その他のブローカーの市場調査報告、③被告独自の市場調査、④クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド社(以下「CW社」という。)による鑑定書など様々な情報をもとに本件物件を投資対象として選定したのであり、調査義務を尽くしている。

4  争点5(本件消費貸借契約及び本件債務承認契約における原告の錯誤の有無)について

(一) 壇上が、原告に対し、原告が主張するような虚偽の説明をした事実はない。

特に、原告は、壇上が組合ローンがドル建てである旨説明した旨主張するが、被告が原告に対して交付した本件パンフレットにも、組合ローンが円建てである旨明記されているのであって、壇上がことさら虚偽の説明をすることはあり得ない。

(二) そもそも法律上の錯誤とは、法律行為の要素、すなわち重要な事実についての誤認をいうところ、原告が錯誤であると主張するものは、いずれも本件消費貸借契約や本件債務承認契約についての「要素」ではなく、仮にそれらが本件消費貸借契約等を締結する際の動機になったとしても、被告に対して動機が表示されていない。

(三) また、原告が錯誤であると主張するものの多くは、将来予測についての見込み違いに過ぎず、「事実」の誤認ではない。

(四) 組合ローンが円建てであることは、本件パンフレットにも明記されているうえ、壇上もこのことを説明しているから、仮に原告が何らかの理由で組合ローンが円建てであると誤信したとしても、それについて重大な過失がある。

第三当裁判所の判断

一  争点1(勧誘自体の違法性の有無)について

《証拠省略》によれば、原告は、①自ら歯科診療所を開業する歯科医師であること及び②本件投資以前にも、いわゆる節税等の目的で大阪府浪速区のマンション一棟、大阪府西淀川区のマンション二棟を売買したほか、香港において賃貸マンションを購入して第三者に賃貸していたことが認められ、以上の事実に鑑みれば、原告は、本件投資商品の利点や危険性を認識するのに十分な学力、理解力、投資経験を備えていたというべきである。

したがって、原告に対して本件投資商品を勧誘したこと自体が違法であることを前提とする原告の主張は理由がない。

二  争点2(説明義務・情報提供義務違反の有無)について

1  《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(一) 壇上は、平成元年七月ころ、税理士の大塚裕唯(以下「大塚」という。)から、いわゆる節税効果のある海外不動産投資について聞きたいとの電話があったため、主任の山本某とともに大塚方を訪れた。

そして、壇上らは、大塚に対し、本件パンフレットを交付し、これに基づいて、本件物件の概要や本件投資商品の利点・リスク等を説明した。

本件パンフレットには、本件投資商品の仕組みやいわゆる節税効果等についての説明のほか、①本件ビルが一九一五年に建築され、一九八六年に一部改修された建物であること、②本件ビルの入居率は、平成元年六月九日の時点では六七パーセントだったが、同年七月七日時点では七七パーセントに上昇したこと、③本件物件の前主が、本件物件について二年間の家賃保証をしているため、二年間は実質一〇〇パーセントの稼働率と同じ資金の流動が可能なこと、④組合ローンは円建てで行われること、⑤本件投資商品に為替リスクがあること、⑥ボストンにおける事務所需要が急に低下し、期待どおりの賃料相場の上昇や優良テナントの開拓が思うように進まない場合もあり得るところ、その場合には投資利回りが必然的に悪化すること、⑦現時点では、今後一〇年間で、課税の繰り延べ、賃料収入による配当、売却による資産譲渡益などを得られる見込みであるが、これは確定したものではなく、被告が右利益を保証するものではないことなどが記載されていた。

(二) 壇上は、その後も数回、大塚方を訪れ、大塚に対し、本件投資商品の内容を説明した。

(三) 大塚は、顧問先であった原告が、かねてからいわゆる節税効果のある商品を探していたことから、同年七月ころ、原告に対し、本件投資商品を紹介し、本件パンフレットのコピーを交付したうえ、本件投資商品について簡単に説明した。

(四) 壇上は、同年八月ころ、大塚から原告を紹介され、原告が営む歯科診療所を訪れた。

原告は、壇上が来るまでに本件パンフレットについてひととおり目を通していたため、この日は、壇上に対し、本件投資商品による課税の繰延べの仕組みのほか、本件物件の将来の賃料収入や売却額の見込み等について質問した。

これに対し、壇上は、当時被告が蓄積していた情報や予測に基づき、①本件物件の入居率は六月九日の段階では六七パーセントだったが、七月七日の時点では七七パーセントまで上昇したこと、②物価上昇にしたがって本件物件の家賃も上がる見込みであること、③本件物件の価格が過去五年間で倍になったので将来が楽しみであること、④このまま家賃が上がっていけば自己負担金の金利も賄える見込みであること、⑤約二、三年後には原告の持ち出しがなくなる見込みであることなどを説明した。

(五) 壇上は、同年九月ころ、被告海外不動産部の鈴木某(以下「鈴木」という。)及び村内某とともに、原告の自宅を訪れた。

そして、鈴木は、原告に対し、本件パンフレットを初めから一頁ずつ読み上げながら、本件投資商品の仕組みやいわゆる節税効果について説明したほか、①本件ビルが一九一五年に建築された建物であること、②平成元年七月七日時点の入居率が七七パーセントであること、③二年間に限り家賃保証がされていること、④組合ローンは円建てで行われること、⑤本件投資商品には為替リスクがあること、⑥ボストンにおける事務所需要が急に低下し、期待どおりの賃料相場の上昇や優良テナントの開拓が思うように進まない場合もあり得るところ、その場合には投資利回りが必然的に悪化すること、⑦現時点では、課税の繰り延べ、賃料収入による配当及び売却によるキャピタルゲインの利益が得られる見込みであることなどを説明したうえ、本件投資商品について詳細に記載された説明書、出資申込契約書及びその訳文、パートナーシップ契約書及びその訳文並びに債務承認契約書を交付した。

(六) 鈴木らの説明を聞いた原告は、本件投資商品への投資を決意し、本件投資をするとともに、被告との間で、本件消費貸借契約及び本件債務承認契約を締結した。

2  被告の説明義務・情報提供義務違反の有無について

(一) 不動産投資は、本来、不動産市況の変化等による危険を伴うものであり、不動産投資で利益を上げようとする投資家は、それに伴う危険も自らの責任で負担すべきであるが(自己責任の原則)、他方で、本件投資商品が、パートナーシップへの投資という一般投資家にとっては馴染みの薄いものであること、投資対象の物件が米国の不動産であること、為替リスクがあることなどに鑑みれば、被告は、顧客が本件投資商品の適合性を有していると認められる場合であっても、その勧誘に際し、顧客の学歴、職業、投資経験等を考慮した上、①本件投資商品の仕組み、②本件物件の現況、③本件投資商品の各種の危険性について説明する義務を負っていたというべきである。

(二) そこで、本件について検討すると、前記認定のとおり、原告は、歯科診療所を開業する歯科医師であり、いわゆる節税等のため、国内ばかりでなく海外の不動産についての投資経験もあったこと、大塚から事前に本件投資商品の仕組みや各種の危険性等を詳細に記載した本件パンフレットのコピーを交付され、これに目を通していたこと、鈴木は、原告に対し、本件パンフレットを一頁ずつ読み上げながら、①本件投資商品の仕組み、②本件物件の現況、③本件投資商品に伴う為替リスクや不動産市況の変化によるリスクなどの危険性について説明したことなどを総合すると、原告は、本件投資商品の仕組みやリスク等を理解することが可能であったと認められ、被告が説明義務や情報提供義務に違反した事実は認められない。

(三) これに対し、原告は、被告が、様々なケースを想定したシミュレーションによって損益の発生可能性について具体的に説明するとともに、本件物件の過去や将来についての情報を提供すべき義務があったのに、これを怠ったうえ、様々な虚偽の説明をしたと主張する。

しかし、不動産市況は日々刻々と変化するものであるから、本件物件の将来の入居率や不動産価格等の推移について正確に予測して情報を提供することは不可能であり、また、前記認定のとおり、被告は、原告に対し、過去五年間の本件物件の価格の推移や平成元年六月及び七月時点での入居率についての情報等を提供していることが認められる。

なお、壇上は、原告に対し、①物価上昇にしたがって本件物件の家賃も上がる見込みであること、②本件物件の価格が過去五年間で倍になったので将来が楽しみであること、③いずれ家賃が上がっていけば自己負担金の金利を賄える見込みであること、④二、三年くらいすれば原告の持ち出しはなくなる見込みであることなどの説明をしているが、これは、あくまで当時被告が入手していた諸情報に基づく希望的な予測を述べたに過ぎず、これによって将来確実に利益が出ると断定的に保証したものであるとまではいえない。

そして、本件投資商品が不動産市況の変化等によるリスクを内包していることは、本件パンフレットの記載や鈴木の説明及び原告のこれまでの投資経験からしても明らかであることからすれば、壇上が原告に対して右のような予測を述べたことが違法であるとまではいえない。

以上によれば、被告が説明義務・情報提供義務を怠ったことを前提とする原告の主張は理由がない。

三  争点3(調査義務違反の有無)について

《証拠省略》によれば、被告は、①米国に不動産の専門スタッフを常置し、日ごろから米国の不動産の売買市況、賃貸市況等を調査していたこと、②本件物件を選定するに際し、各種市場からの調査レポートや近隣の売買事例の収集、本件物件の瑕疵の有無や賃貸状況等の実地調査等を行い、これを米国の大手不動産専門業者であるIRI社の助言に基づいて分析したこと、③さらにCW社に本件物件の鑑定を依頼し、その鑑定書により本件物件の投資価値についての合理性を検証したことが認められ、以上の事実に鑑みれば、被告は、投資対象の選定について調査義務を尽くしたものと認められる。

四  争点5(本件消費貸借契約及び本件債務承認契約における原告の錯誤の有無)について

原告は、①真実は本件物件から被告の予測する賃料収入を得られる見込みがないのに、右収入によって被告からの借入金の利息相当額を確保できる程度の配当が継続して得られるものと誤信した、②真実は本件物件を売却しても被告の予測どおりの資産譲渡益を得られる見込みがなかったのに、それが得られるものと誤信した、③組合ローンが円建てであったにもかかわらず、壇上が原告に対し、組合ローンはドル建てなので為替の影響は受けない旨の虚偽の説明をしたため、本件投資の為替リスクは少ないものと誤信した旨主張する。

しかし、不動産市況は絶えず変化するものであり、当時、本件物件から被告が予測するような賃料収入や売却益を得られる見込みがなかったと判断すべきであったとは必ずしもいえない。

そして、原告のいう①、②の錯誤とは、結局のところ、本件物件の将来の賃料収入及び売却価格についての「見込み」が外れたというにすぎず、本件投資商品の内容自体についての認識には何ら欠けるところがない。

また、③の錯誤についても、組合ローンが円建てであり、本件パンフレットにもその旨が明記されているにもかかわらず、本件投資商品の勧誘を担当している壇上が、原告に対して虚偽の説明をしたとは考えにくく、鈴木も本件パンフレットを読みあげてその旨説明したことに鑑みれば、仮に原告がこの点について誤解していたとしても、それについては重大な過失があるといわざるを得ない。

五  結語

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、被告の反訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 亀井宏寿 神野泰一)

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